進化論の衝突:保守陣営の視点

Does evolutionary theory need a rethink? : Nature News & Comment

保守陣営によれば、進化にとって本質的なのは

  1. 自然選択
  2. (遺伝的)浮動
  3. 突然変異
  4. 遺伝的組み換え
  5. 遺伝子流動

であり、それ以外は非本質的で「付加的なもの」にすぎません。このリストには従来の総合説の考え方がよく反映されています。まず、「自然選択」を除くすべての点は遺伝子あるいはゲノムレベルの現象です。そして保守陣営が利己的遺伝子の例を挙げていることからも分かるように、「自然選択」すらも(多かれ少なかれ)遺伝子(型)レベルで働くと見なしている可能性があります。つまり、保守陣営は進化という問題を遺伝子レベルの現象だと見なしているということです。すなわち遺伝子型の(集団内における)変動が「進化」の定義となっている訳です。以前、「生き残る原因……」と書いたときの「生き残る」の主語は「遺伝子型(ゲノムDNA)」と言う訳です。もちろん保守陣営の方も非常に具体的な例をいろいろ挙げているように、表現型を全く無視している訳ではありません。しかし遺伝子型の変動こそが進化だとする保守陣営にとっては、個別の表現型の例は進化のキッカケか結果(の一部)に過ぎず、それはそれで研究には値するけれども、進化にとっては本質的ではないということになります。逆に、生物の生存にとって有利でも不利でもなく、表現型の変化さえ伴わないような(中立な)遺伝子変異の変動は進化学の本質的課題の一つとなりえます。革新陣営が保守陣営を「あまりにも遺伝子中心的」と批判するのはこの点なのでしょうが、この批判は的を射てません。なぜなら、進化とは遺伝子変異の変動であるという定義により、遺伝子変異の変動以外の現象は枝葉である、という結論になるからです。

 

保守陣営の主張は論理的な一貫性がありますが、その基本仮定(進化の定義)の妥当性はまた別の問題です。「生物」は当然「いきもの」なので、個々の体(個体)があります。個体は遺伝子そのものではなく、具体的な形態や機能があります。各個体が与えられた環境で生き抜き、子孫を増やす能力に対して自然選択が働きます。本来の意味での自然選択は表現型に対して働くのです。したがって、表現型を考えることなしには自然選択は語れません。この点に関してはおそらく保守陣営も納得するでしょう。実際、遺伝子変異に起因する表現型の差異が自然選択を受けることによって遺伝子変異が固定化する、というのが従来の説です。とすると保守陣営の論理を崩す手がかりは、「遺伝子変異に起因しない表現型の差異が自然選択を受けることによって遺伝子変異を固定化する」事例を示せばよいことになります。遺伝子変異に起因しない表現型の差異とは、前に紹介した表現型可塑性に他なりません。